映画『三度目の殺人』感想


お越しいただきありがとうございます。
スカイハイプロダクション髙橋でございます。

今回は久しぶりの映画感想文になります。
このところ興味深い作品の封切りが目立っておりまして、映画ファンとしては嬉しい限りでございます。
先週末9/9から、クリストファー・ノーラン監督『ダンケルク』是枝裕和監督『三度目の殺人』が封切りし、どちらもSNSでは盛り上がっています。
今回は『三度目の殺人』を取り上げます。
(次回は『ダンケルク』)

【映画予告】
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【作品概要】
勝利にこだわる弁護士重盛(福山雅治)が、やむをえず弁護を担当することになったのは、30年前にも殺人の前科がある三隅(役所広司)。解雇された工場の社長を殺し、死体に火をつけた容疑で起訴されている。犯行も自供し、このままだと死刑はまぬがれない。はじめから「負け」が決まったような裁判だったが、三隅に会うたび重盛の中で確信が揺らいでいく。三隅の動機が希薄なのだ。彼はなぜ殺したのか?本当に彼が殺したのか?重盛の視点で絡んだ人間たちの糸を一つ一つ紐解いていくと、それまでみえていた事実が次々と変容していく―。
【監督】
是枝裕和
【出演】
福山雅治、役所広司、広瀬すず、吉田鋼太郎、斉藤由貴、満島真之介
(TOHOシネマズウェブサイトより引用 https://hlo.tohotheater.jp/net/movie/TNPI3060J01.do?sakuhin_cd=014745)

【ネタバレありの感想】

本作は是枝監督初の法廷サスペンスもの。

前作までは“家族ってなんすかね?”をメッセージとした作品が多かった。
(リンク→ 『そして父になる』の感想

『海街ダイアリー』では、居場所がある事の大事さ

『そして父になる』では、何をもって親子とするか?

本作で監督が目指したものは何だったのだろう?

僕が感じたのは、

『多くの人は欺瞞の中、自分に嘘をつきながら生きている。その欺瞞の被害者は辛いよね』

『欺瞞に裁かれるのは間違っている。自分を裁けるのは自分だけだ』

そのメッセージを効果的にわかりやすく伝えるシチュエーションとして、法廷という舞台を選んだのも“一応は”頷ける。
なぜ“一応は”と付くかというと、監督は司法(法廷)というシステムを深く理解仕切れていないのではないか?と感じたからだ。

少し横道に逸れるが、多くの人は、法廷で真実が、特に被告の動機や事実関係が明らかになり、それらを基に判決がなされる。と認識していると僕は感じる。
もっと乱暴な事を云うと、『悪い事をした奴への復習がなされるのか?』という“大岡裁き”が関心事になっていないだろうか?
司法とは、立法、行政、司法からなる三権分立の一つであるから、民主主義にとってとてつもなく大事なパートである。
裁判(刑事裁判)は本来何をするところなのか?
それは、『検察官がデュー・プロセスを行なっているかチェックする』である。
大岡裁きに慣れ親しんでいるとこの辺りはわかりづらいかもしれない。
なので、本来的には事件の真実を解明する機能は持ち合わせていないのである。

本作でも法廷において、真実が語られない不満的なものを弁護側や被告や遺族が感じている設定になっているが、僕は違和感を感じる。
ベテラン弁護士の域にある主人公が司法の何たるか?を誤解している“と見受けられる”設定はちょっと無理がある。
(新米弁護士の川島が青臭く『真実を解明しないんですか!?』と云う分にはまだ分かるのだが…)
おそらく観客と同じスタンスで物語を進めていく上で、そうなったのだろうと推測する。

サクッとネタバレするが、容疑者である三隅は、前科者を体良く雇い、食品偽装をし、娘をレイプしている経営者(被害者)を殺害する事で、自分の生まれてきた使命を感じようとしたんだと思う。
そして、わけのわからないシステムによって自分が裁かれ、死刑になる事に納得できないから、自分で死刑の判決が出るように法廷をコントロールした。

何だか情緒的すぎてサスペンスしてないんじゃないかと…

主人公弁護士の重盛も、上手に父親を出来なかった自分と、三隅と被害者の娘咲江という擬似親子をオーバーラップさせ、冷静さを失い翻弄されていくのだが、重盛の“下手だった父親感”が薄く、あまりリンクしていかない。

おそらく監督は、『そして父になる』のように、舞台装置として法廷劇を使い、それ自体の面白さも演出し、そこから滲み出てくる登場人物の人間味の興味深さ、をやりたかったのではないだろうか?
もしそうだとしたら、残念ながら今回はうまくまとめきれていない。
メイキング映像や宣伝などでよく言われている事だが、「最後まで台本が決まらなかった」と。
弟子である西川美和監督も撮影現場で「三度目の殺人が変わっちゃってますよね」と言っている。
やはり監督もまとめきれなかったのではないだろうか。

なのでこの感想文もまとめるのがとても難しい…
法廷という欺瞞があってはならないとされている場所での欺瞞と、アイデンティティーを求める三隅の正義感がうまく繋がらない…
いや、繋がってはいるのだけれど、腑落ちしない…

キャスティング、演技、撮影はいつも通り申し分のないクオリティーの高いものになっている。

何だか不満ばかりになってしまってすんません…

次は『ダンケルク』やります。

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